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TomGの過去日記


ここでは、2001年11月から2003年3月までの日記を公開しています。
2003年4月1日からの日記は、Mixiで書いています。
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2002年10月11日(金)
家庭の医学

 今日は、昨日早く寝過ぎたので、なんだかこれまた2時頃に起きてしまったが、このまま行くととんでもない生活に突入しそうだったので、昨日の日記を書いてから、風呂に入って寝ることにした。
それで気がついたのだが、やっぱり日本人は小さいときから「風呂に入ってから寝る」週間をつけている性だろうか、不思議と風呂の後は眠れる。ちょっと眠くないと思っていても、風呂に入った後になると自然と眠れてしまうのである。
ここに引っ越してきてから、俺は「寝る前に」風呂にはいるという習慣を無くしてしまった。誤解の無いように書くと、風呂に入らないと言うわけではなく、風呂に入る時間が必ずしも「寝る前」ではなくなってしまったということである。
たとえば、風呂にはいるのが面倒くさいときなどは、とりあえずひっくり返って寝てしまって、次の日の朝になってから風呂に入って学校に行ったり、早い内に風呂に入ってしまってひたすら夜中まで遊んでから寝たりするなど、本当にバラバラである。
そんなわけで今までは生活を元に戻すためには、眠くない場合には気合いで次の日まで起きていて、寝る時間を調整して戻していたのだが、どうも風呂に入ってすぐに寝ることで、生活は元に戻るらしい。

 さて、一眠りした後、気がついてみると8時近くなっていたので、昨日会社から話があったやつに出席するため、ガイドヘルパーの依頼の電話を、いつもお世話になっているボランティアの方にかけた。
それから、Winona君としばらくメッセンジャーをした後、9時過ぎにセンターに遊びに行った。
考えてみると、寂しいことに俺は、今までクラスのメンバーと遊びに出かけたことがなかった。そんなわけで、Winonaと遊びに出るのも今日が初めてだった訳だ。
センターに着いてから、ちょっとあるいて、筑波の電気街まで行ってから、初級シスアドの本を探したのだが、どうも最新のものが無かったので買ってこなかった。
それからやつがちょっと用事があるというので、その場所に行く途中、なんだか水の流れている小さな溝があって、そこに思いっきりはまってしまって、ズボンの片方がちょっとばかりぬれてしまった。
その後、コーヒー豆を買って久しぶりにそのデパートの中の中華料理屋でチャーハンを食って帰ってきた。
 授業が終わった後、先生が実験に協力して欲しいというので、ちょっと打ち合わせに行くと、なんと実験と言うよりも研究そのものを手伝う形らしく、かなり面倒くさそうな話になっていた。
しかもその研究には、俺の全く知らない某プログラム言語を学習しなければならないらしいので、これについては来週にでもちょっとその言語のイントロダクションをやって頂いてから、仕事をお受けするかどうか決めることにした。
 ところでそのうちあわせの途中、先生が今年の夏に発売になった点字ディスプレーを持っていたので見せてもらったが、なかなかキーも大きくできていて、音声装置までつなぐことができるらしく、かなり欲しくなってしまった。これは今までその会社から発売されていた16ます電子手帳のピンディスプレー機能を強化し、46ますタイプにしたものだから、メモ機能とか文書作成機能、それにストップウォッチの機能までついている。
特にメモ機能は、パソコンを持ち歩くよりも立ち上がるのが早いこの機会を使うことで、その場でさっとメモがとれて便利そうである。

 それから今日、俺は時事通信社から出ている「家庭の医学」という本のデジタル版を買ってしまった。
いきなり何でこんなものを買ったかというと、それは本当に単純で、Vectorから宣伝のメールが来たkらだった。
しかし、このメールの内容がただ者ではない。この商品、本当であれば5500円近い値段なのであるが、アンケートに答えることを条件に、10月24日までの期間限定で、なんと「1500円」で購入できたのである。
元来俺は、医学には興味があったので、こんな話を聞いてしまったら黙っていられなかったというわけだ。
しかもこの辞典、HTMLブラウザで閲覧する形式になっているので、音声でも全く問題なく閲覧できる。というか「使いやすい」といっても過言ではないであろう。
 俺は最初、これを辞書だと思っていたのだが、どうやら辞書と言うよりも「教科書」という感じの本だ。病気の名前からその病気がどんなものなのかを調べられることはもちろん、場所や種類、症状などからも病気を調べることができる。
それだけではなく、生活していてちょっと必要になる医学の知識も網羅している。
びっくりしたのは、避妊法とか、人工妊娠中絶の手術の詳しい内容、これに関する法律などのことまで詳しく書かれている。
これは手元に置いておいても絶対に損をしない1冊だと思う。
 俺はVectorの回し者でも時事通信社の回し者でもないが、買うなら今の内である。これだけ詰まって1500円はお得である。



2002年10月12日(土)
Windows2000との戦い

 今日は比較的早く目を覚まして、午前中は久しぶりにネットミーティングとダイナミックDNSで遊んでいた。
しかしそれにしても、久しぶりに使ってみるとネットミーティングというのは温室が悪い。
WindowsXPになってから、メッセンジャーの音声チャットの温室がかなりよくなったので、そちらの方をいつも使っていたのだが、今回は午後から友達が来るので、久しぶりにルータを取り付けて設定を見直していた。
 それから午後になってから、いよいよアマチュア無線のコーナーの最終回を書き始めたもう一つ話を書いたら最終回にしようと思っていたのだが、書いている内になんだか、さらにもう一つ追加で書きたいことが出てきたので、それを追加して、2ページほど書いて最終回にした。
それにしてもこのエッセーはかなり長い。去年の前半から書き始めて約1年以上もかかって完成した。
何気なくテキスト部分だけを取り出して要領をはかってみると、110KB程もあったので、自分でもびっくりしてしまった。
 その後今度は急に思い立って、外付けのHDDを弄くり始めた。この代物、実は俺が1年の夏休みに先輩から2万円で譲り受けたのだが、その当時NECのPC-98ユーザーだった俺は、子のHDDをMS-DOSからFAT16でフォーマットしてしまったのである。(これがいけなかった)
そして、2GBの領域を3個ほど作成して俺の愛機のPC-9821RA333が故障する去年の6月までは使い続けてきたのであった。
しかし、こいつが故障して分かったことなのだが、新しいパソコンからいくらFDISKを使って領域を開放したり、確保したりしても、このディスク本来の13GBの半分である7.5GB以上の領域を確保することができなくなってしまっていた。
そこで内の学科の某先生に聞いてみると、
「PC-98シリーズとAT互換機では、初期化の形式が違うんですよ」
とか言われて、「とりあえず98で初期化してある部分を解放してみてください」とのことだったので、学校にこれを持っていって、教室に置いてあるPC-98シリーズのMS-DOSから初期化を試みたりしたのだが、どうもうまくいかなくて、しょうがなく今の今まで7.5GBの外付けスカジーHDDとして使用していた。
しかし、最近新井君からもらった怪しいファイルとか、その他にも大きなデータが増えてきたため、子のディスクは俺のバックアップ用としては小さすぎて使えなくなってしまったことから、2ヶ月前頃から子のHDD君は、眠り続けていたのである。
 しかし今年の7月に、今までWindows98とXPのマルチブートで使っていたサブマシーンを、Windows2000に入れ替えた。
そこで、ふと思い立って、Windows2000からこのしょうもないHDDを初期化してみようと思ったのである。
 結果から言ってしまうと、かなりの大成功。今まで7.5GBしか使えなかったHDVS-UM13Gは、しっかりとその名の通り、13GB近くのすばらしいバックアップ用外付けHDDとして稼働させることができたのである。
 この作業を行う中で、俺はWindowsNT系のOSをあまりにも知らな過ぎることを強く実感した。
俺がまず何をしたかというと、コマンドプロンプトを開いて
「FDISK エンター」
として、
「FDISKは利用可能なプログラムまたはバッチファイルとして認識されていません」
のエラーを食らい、MS-DOSの時代からの癖で「パスが通っていないのが悪いんだ」の論理に基づいて、ひたすらFDISK.EXEを探し続けてしまった。
でも、そんなものがWindows2000にはあるはずもないから、いくら探しても見つからない。そこで、今度はメーカーのホームページに言って、Windows2000用のHDDフォーマットユーティリティを探したが、いくら一生懸命検索に明け暮れても、変なユーティリティばかりしか見つからず、肝心の初期化ツールが発見できなかった。
ところがだ、メーカーは俺を見放してはいなかった。
「当社HDDのWindows2000対応状況一覧」とか言うページが公開されており、その中に「Windows2000でフォーマットする方法.PDF」なるファイルが置いてあった。
そこで早速これをテキストファイルに変換して読んでみると、なんとWindows2000は、自分でそういうツールを持っていることが判明し、俺の今までの2時間近い苦労は水の泡と消えることになったのである。

 それでは具体的にどうしたのかというと、次の通りである。
Windows2000のコントロールパネルの中にある「管理ツール」というのを使って「コンピュータの管理」を起動し、そこで下矢印で「ディスクの管理」を洗濯した後、TABを押して上下キーで今まであった7.5GBのパーティションを洗濯した後、Shift+F10を押して下矢印で「パーティションの削除」を洗濯する。
すると「本当に削除してもいいですか」とか聞いてくるので「OK」ボタンを押すと領域が消える。
 ここまでは何の問題もなくスムーズに行うことができたのであるが、これからがかなり大変だった。領域をすべて開放したHDDは、すべてが未使用領域になる。そして、管理ツールの中でもそのように表示されていて、この手の説明をした真っ黒ソフト社のページには
「未使用となっている領域が画面右下に表示されますので、そこで右クリックして『パーティションの作成』を洗濯してください」
とか書いてある。
ところがだ、子の「未使用領域」と書いてあるらしい部分にキーボードだけでは移動できなかったのである。いろいろとショートカットキーなどを試してみたが、全くこれはまいってしまった。
そこで仕方なく、最後の切り札であるアメリカ生まれのスクリーンリーダーの「鮫君」を持ち出して、マウスエミュレート機能で画面を探索してみると
「DISK1 未使用 12.8GB」
と聞こえる部分を下の方に発見することができた。そこで右クリック操作をしてみると
「ボリュームの作成」とか言うメニューが登場したので、そこでエンターキーを押すと、割り当てサイズの選択画面が出てきた。
そんなわけでこの作業だけで2時間程度かかったが、何とかして領域を確保することができた。

 領域が確保できたところで次はフォーマットである。最初にマイコンピュータを開いて、新しく作られたドライブに移動し、ALTを押して下矢印で「フォーマット」を洗濯して試してみたのだが、いつまでたっても終わらない。
そんなことをやっている内にニケ君がやってきたので、時間を忘れて1時間ほどしゃべっていたのだが、こんなに待たせておいて
「WindowsはFormatを完了することができませんでした」とかふざけたエラーを出してくれた。
そこで今度はまた管理ツールのディスク管理で、新しく作成されたドライブを洗濯し、Shift+F10キーで出てくるメニューから「Format」を洗濯したら、今度は成功した。

 これで悪戦苦闘からは解放されると思ったのだが、今日はまたWindows2000に苦しめられる結果になった。
それというのも、ニケ君が俺の家に来て、いろいろとファイルを交換しようと言うことになった。
もちろんこの部屋はネットワークですべてのPCが接続可能な環境を作ってあるので、それを利用しようとしたのだが、これをそのまま使ってしまうと、ニケ君に俺の大事なデータを見せることになってしまい、ちょっとよろしくなかった。
そこで、サブマシーンの方に共有フォルダを作成し、そこにお互いのファイルを置いて、欲しいものをそのマシーン経由でやりとりすることにした。
ところが、Windows2000というのはかなり面倒なもので、そのコンピュータにアカウントを持っていないユーザーは、共有ドライブにアクセスできなかったのである。
そんなわけで、サブマシーンにニケ君が使うアカウントを発行することにしたのだが、これも初めての作業だったため、全くどうやっていいか分からなくて1時間程度苦労する羽目になった。

 ちなみにWindows2000のマシーンに、ユーザーアカウントを追加するには以下のようにする。
 コントロールパネルを開いて、「ユーザーとパスワード」を洗濯する。
すると設定画面が出るので、「このコンピュータを使うには、ユーザー名とパスワードを入力する必要があります」にチェックを入れる。
実はWindows2000ではこれがデフォルトのはずなのだが、これにチェックが入っていないと、アカウントの追加の画面が出てこないから、俺はこんなに探す羽目になった。
チェックを入れるとユーザーのリストが出てくるので、「追加」ボタンを押す。
次にユーザー名とフルネームと説明を入れる。フルネームと説明は適当に何か入力しておけばOKだと思う。
すると「次へ」ボタンが押せるようになるので、これを押して次に進む。
パスワードの設定をする画面になるので、パスワードを入れる。確認入力というのもあるので、同じものを2回入れる必要がある。
入力が終わったら「次へ」ボタンを押す。すると今度はこのユーザーへの制限を設定する画面が出てくるので、適宜洗濯して完了を押すと終了である。

 そんなわけで、今日はあまりにも頭を使いすぎてしまったので、友達が遊びに来ている割には早く眠くなって12時過ぎには寝てしまった。



2002年10月13日(日)
学祭とProxomitron

 今日はいつも友達が来ているときにしては珍しく、かなり早く目を覚ました。
そんなわけで朝の7時頃から活動を開始した。何をやっていたわけではないのだが、とりあえずパソコンを弄くりながらいろいろと語っていた。
 その後、10時を過ぎた頃になって、内の学校の文化祭に行った。ところが、いざ会場に着いてみると、点字のパンフレットを持っていかなかったので、何処で何時からどんな企画をやっているか全く見当がつかなかった。
そこでとりあえず、内の学科の展示を見に4階の教室に上がっていくと、クラフキという後輩いた。ほかにはもう一人ぐらい人がいたらしかったが、どうも今年はほとんどの人たちが、ほかのコーナーの手伝いに出てしまったらしく、そんなにスタッフはいなかった。
といっても、内の企画は、いつも4階の講義室でやるため、来る人が少なかったりするのだが、そんなことは気にしないことにしよう。
それにしても、一応外部の人を連れて行ったんだから、もう少し丁寧に説明してくれてもいいと思うんだけどなぁ・・・。
 それからとりあえず、何か食おうと言うことで下に降りたのだが、例によってパンフレットを持っていないので、友達に電話を入れてやっている模擬店を調べて唐揚げとフランクフルトとたこ焼きを買うことにした。
しかし、たこ焼きはまだ焼けていなかったらしく、ちょっと待つことになった。
 そんな感じで何をする出もなく、とりあえず11時ちょっと過ぎた頃に学校から帰ってきて、コンビニに寄ってから部屋に戻ってきた。
 午後は久しぶりにMS-DOSのパソコンを持ち出して、占いゲームやら何やらと懐かしいもので遊んでしまった。

 夜になってニケ君が、いきなり、自分の使っているブラウザをごまかしたいとか言い始めた。
最初これを聞いたとき、俺は何でこいつはこんな事を言い出すのかと思ったのだが、よくよく事情を聞いてみると、それははっきり分かった。
こいつのサイトに行ってみると分かるが、ニケ君は携帯電話の着メロが好きで、各種携帯電話向けのサイトをパソコンで見ている。
俺たち視覚障害者は、今のところ携帯電話でホームページを見られないので、パソコンを使うというわけだ。基本的には携帯電話のホームページはパソコンで問題なく閲覧できるのだが、最近ホームページ側で本当に携帯電話で閲覧しているのかを調べ、入室を制限しているところがあるらしいのだ。
本当であれば携帯電話でそういうやつを閲覧すればいいのだが、俺たちはこれができないので、IEとかネットスケープに携帯電話のふりをさせたかったのである。
そこでいろいろと探してみると、なんだか「Proxomitron」とか言うソフトを発見した。
 このソフトはパソコンの中にインストールして使うプロキシサーバーで、主にWeb上の広告を除去したり、無用なJavaScriptを除去したりすることに使われるものらしい。
このソフトを使うと、例のブラウザのごまかしができるらしいことが書かれていた。
ところがだ。、いくらこの設定をやろうとしても、こんな事を具体的にやる人がいないせいで、全くうまくいかなかった。
 このソフトは音声との相性が必ずしもいいとは言えないので、ソフトの設定ファイルを直接エディターで編集したりもしたのだが、全くうまくいかず、このソフトは使えないとあきらめて削除しようと思った。でも、せっかくインストールしてみたんだから、ちょっとこいつを通してWebを見てみようと思って、冷やかし半分で遊んでみたのである。
すると、今まで広告がじゃまでほとんど音声ブラウザで読むことができなかったページが、すっきりさわやか、本来のページの内容だけを残して、じゃまな広告が掃除されてしまったのである。
これにはさすがに感動した。日頃から広告がじゃまでしょうがないと思っている方や、広告の性で音声ソフトでは読めないページだとあきらめ書けていた皆さん、是非このソフトを試してみてください。

 といってもこれだけでは実感できないでしょうから、Proxomitronを試してみようと言う方は、このソフトをインストールする前に、以下のことを実行してみて頂きたい。

 1.以下のページにアクセスする
http://japanesepatch.virtualave.net/
このページは、英語ソフトを日本語に翻訳したものを置いてあるページだ。おそらく音声ユーザーは「おいおい、TomG、俺を殺す気か」とか感じるほどの広告に悩まされているだろう。
 2.さて、このページの中から「CDEX」というソフトの日本語か済みのプログラムを探してダウンロードして頂きたい。

 いかがでしょう?できましたでしょうか?
おそらく音声ユーザーは1回目は失敗したはずである。このサイト、広告がべたべたなだけでなく、その一部が定期的に更新されてしまって、音声では使い物にならない。
 さて、お次はProxomitronをインストールしてから、各種設定をすませ、上記の事をやってみて欲しい。
これで感動しない人はいないと思う。それほどこいつはすばらしいソフトなのである。

 なお、このソフトについては、授業中にでも詳しいページを作成してみようと思っている。



2002年10月14日(月)
だらだらと過ごす

 今日は7時頃にニケ君のセットしたアラームのせいで目を覚ましたが、やっぱり眠かったので9時頃まで寝ていた。
それからひたすら昨日の続きで、Proxomitronの設定で、ブラウザをごまかす方法を研究していた。
するとMelodyさんがメッセンジャーで呼んできたので、一緒に手伝ってもらってこの設定を検証してもらった。
しかしやっぱりなかなかうまくいかなかったので、昼頃になって断念してしまった。
 それにしてもこのソフトは本当に役に立つ。今まで広告で表示が遅かったページも、本当にさくさくと表示されてくれる。しかも俺は、インターネットオプションの設定で「すべての画像を表示しない」にチェックを入れているので、広告が消えるとテキスト以外の邪魔者は全く入ってこないに等しいので、かなり快適である。
 さて、そんなわけで飯を食い終わってとあるサイトのリンク集を見ていると、こんなサイトを発見した。
ここは競馬の好きな管理人が日々の出来事などを中心としたエッセーを公開しているテキストサイトなのだが、この中にあるラブストーリーをしばらく読みふけってしまった。
 その後昼のドラマを見てから、又このソフトの日本語マニュアルやらなんやらと読んだり、ニケ君と語ったりしている内に、6時頃になったので、タクシーでニケ君は帰っていった。
 その後新井君がメッセンジャーで呼んできて、自分のサイトに乗せるテキストで、キーボードでのネットサーフィンの方法を書きたいというので、それをちょっとチェックしてからニュースを見ていた。
 すると、どうやらいよいよ明日、北朝鮮に拉致された被害者の内、5人の人たちが帰国することになったと大々的にやっていた。
俺はこの中で、誰か一人「もう北朝鮮には帰らない」と宣言して、日本に残る人がいないかと期待している。
そして、俺たちに本当のことを、北朝鮮で自分たちがどんな生活をしていたのかを教えて欲しいと思っている。
とりあえずそんなわけで、明日もテレビから目の離せない1日になりそうである。



2002年10月15日(火)
バイトと電話取材と記者会見

 今日はこの前先生から頼まれたバイトがあったので、10時頃に学校に行った。
今回のバイトは、単に実験に協力するだけの単発的なものではなく、その先生の研究補助のような感覚のバイトで、どうも2月頃まで毎週5時間程度仕事がある可能性がある。
普通これだけ仕事が来ると嬉しい漢字なのだが、大学の学生の研究補助のアルバイトの場合には、時給が810円と安い。
まあ、普通に横で書取とかそんな漢字の内容をやっていればいいのならこのぐらいでしょうがないのだが、実際この仕事、どうやらJavaのプログラムを覚えなければいけないので、非常に面倒くさいのである。
でも、その先生にはかなりお世話になっているので、今更お断りするわけにも行かず、ともかく引き受けてみることにした。
ということで、Javaの本を借りてきてちょっと読みあさっているのだが、これはもしかするとおもしろいかも知れない。
実際Java言語というのはC言語とかなり文法が似ているが、どうもClassとか言う概念があるらしく、それを理解してしまえば何とかできそうなのでほっとした。
 それから食堂に飯を食いに行ってみると、この前某先生が振り回して遊んでいた音声の出てくる棒が、食堂のメニュー表の下に置いてあって、人が近づくと、今日のメニューをしゃべってくれるような仕掛けができていた。
これでこれからは食堂の人にわざわざメニューを聞かなくてもいいので非常に便利になる。
 飯の後、昼休みに学校のパソコンに、Proxomitronをインストールしようとしたのだが、どうもリモートプロキシの設定がうまくいかなくて、3時間目の授業の真ん中当たりまでかかってしまった。しかしこのソフト、キーボードで操作するには本当に使いにくいものだ。
 それから授業が終わって卒検の時間になったので、部屋に行って先生が来るまでの時間、携帯をチェックしていると、なんだか日本福祉放送から電話がかかってきて、今度のBLPCのイベントについていろいろと聞かれた後、内の団体の概要について電話取材のようなものを受けてしまった。
俺は突然こんな電話が来たので、全く言うことを準備していなかった。だからなんだか会話の内容もちょっと支離滅裂なものになってしまったかも知れないが、それでも何とか一応の答えをすることはできたのではないかと思う。
 その後、部屋で待っていたのだが先生がいつになっても現れない。20分ほど過ぎたので、さすがにまずいと思って先生のところに電話を入れてみるが、全く出てくれなかったので、しょうがなく帰ってきてしまった。
帰りにコンビニに寄ってきたのだが、久しぶりに例のかわいいお姉さんにあった。しかもなんだか人が少なかったので、ちょっとだけ世間話をすることができた。

 その後、昨日も書いたように、今日は北朝鮮に拉致された人が帰国したというので、その記者会見を見ていた。
すると、なんと家族ではなく本人が一言ずつちゃんと記者の前で話していた。内容は「あいたかったです」とか、「皆さんありがとうございました」などといった単純なものだったが、帰国したばかりで疲れているところを出てきたのでかなり驚いてしまった。
そして子供を北朝鮮に残してきているので、本当のところ言いたいことはたくさんあっただろうが、それらを全部言ってしまうことはできないのではないかと感じた。
そして、そのうちこの人達の誰かが、日本に残ってありのままのことを報告してくれるのではないかと期待したりもしている。
 テレビを見終わってちょっとしてから、今度はなんだかパソコンのミディ音源の音が気に入らなくなったので、ローランドの音源をインストールしてみた。
ところが、どうもインストールは成功しているものの、なんだかローランドの音源が有効になってくれなかった。
そこでコントロールパネルのマルチメディアを探して設定を変更しようとしたのだが、なんだかWindowsXPにはその項目はなかった。
いろいろ探してみると、どうやら「サウンドとオーディオ」の中に、「オーディオのタブ」というのがあり、そこからShift+Tabでいくつか戻ったところに、「使用するデバイスのコンポボックス」が出てきて、そこでローランドの音源を選択してスペースキーを押すと有効になることが分かった。
ああ、WindowsXPって、やっぱり98とかとはかなり違うんだなぁ・・・。
って今頃深く考えるTomGなのでした。



2002年10月16日(水)
新しいコンテンツ追加と俺の言いたいこと

 今日は9時頃に起き出して、ひとしきりチャットにいそしんでから学校に出かけた。
授業中にひたすら最近管理人が変わったCGIサイトを見に行って、おもしろいものを発見したので、その導入作業をやっていた。
このスクリプトは、Web上でイベントなどの出欠確認を行えるもので、コメントまで登録できるのでかなり便利そうだった。
 BLPCでは、今まで出欠確認をメールでやっていたのだが、これだとちょっとその日のイベントの出席情報を知りたいと思ったとき、いちいちそこらに散らばった過去ログを探して集計する必要があり、かなり面倒だし、学校などの過去ログが閲覧できない緩急王からこれを調べることができないため、不便で仕方がなかった。
それだけではない。いくらメーリングリストで出欠の確認をとっていたとしても、会員全員が過去ログをきちんと保存しているとは限らず、とっさに誰かがボランティアの人からその日の出欠状況を聞かれたとき、すべての会員が答えられるわけではなく、そのたびに事務局に、いちいち確認の電話が入ってきていた。
俺が事務所にいればそんなことはどうでもよかったが、そうでないときは確認がとれないことがほとんどで、いつもボランティアさんに怒られていたのである。
そこで今回のシステムでは、会員は誰でもイベントへの全員の出欠状況を確認できるようにして、必ずメールではなくWeb上から情報を登録するようにしようと考えたのである。
 システム自体はフリーのスクリプトを利用したので、難なくできたのだが、最後まで作って気がついたのは、
「このシステムでは1回分のイベントの確認しかとれない」
という欠点だった。そこで、スクリプトを改良しようと思ったが、どうもこれは難しそうだったので、このスクリプトを複数設置して、3つまでのイベントを管理できるようにした。
 そんな漢字で今日も授業中すべて遊んで過ごしてしまった。
それから家に戻って、又チャットにふけった後、飯を食ってから、パソコンのページに「Proxomitron」の使い方に関するコンテンツを作成してみた。
しかしこのソフトはかなり奥が深いので、これもいつになったら完成するのかは疑問である。

 さて、その後NHテレビでやっている、歴史番組をちょっと見てから、Aテレビのニュース番組を見ていると、北朝鮮から一時帰国した人が、横田恵さん以外の消息を、口裏を合わせたように全く話さないといった内容を放送していた。
しかしこの国、やっぱり日本人を洗脳してしまっているらしい。
まあ、向こうに家族を残しているのだから、思い切って知っていることをすべて話してしまう人はいないと思うのだが、できれば知っていることは話して欲しいと思う。
それにしてもやっぱり予想通り、あの人達には向こうからのスパイが着いてきているような感じがする。
 あの国の赤十字社の人だと名乗る二人の人物が、同じ飛行機に乗ってきたらしいが、今回帰国した5人は、やはりその人達に毎日連絡を入れているらしい。
それに、報道によると、北朝鮮からのモールス信号による工作員への指示を伝える電波は、昨日の夜中2時頃にも受信されたとのことだった。
これではうすうす本当のことをはなせるはずもない。

 さて話は変わるが、最近俺に、パソコン操作や携帯電話の操作のことで、全く同じ事を何回も聞いてくる人間がいる。
俺はもちろん何回かはちゃんと答えるようにしているのだが、元来気短な性格なので、3回以上全く同じ事を聞かれると、さすがに頭に来るのである。
それも決して難しくはない単純な質問なのだから、本当にしょうがない話だ。
「おい、人に同じ事を3回以上質問するな」
「忘れそうだと思ったらメモでもとっておいてくれ」



2002年10月17日(木)
授業サボり

 今日は午前中は9時頃に起きたのだが、授業に言ってもあまりおもしろくないので、久しぶりにサボることにした。
別に何をするというわけでもなかったが、ともかくなんだか面倒くさかったのである。
そんなわけで久しぶりにたまっていたブックマークの整理をやったり、音楽を聴いたりしながら、だらだらと過ごしてしまった。
 授業が始まる前に、Winona君にProxomitronを紹介すると、やっぱりこいつはマイナーらしく、彼も全く知らなかった。
 3時間目から5時間目まで、授業が入っていたが、3時間目と4時間目は、ひたすら先生の就職活動の話とか、内の学校の昔の話などの雑談で終わってしまった。
そんなわけで今日、まともにあったのは5時間目だけだったりする。
授業中に、去年お世話になった非常勤の先生からメールが届いていて、ホームページの構成についていろいろとご指摘をいただいた。その中で、
「日記の検索ボックスで、キーワードを入れて検索したとき、1件も見つからなかったのに『次の記事が○○に一致しました』と出るのを『見つかりませんでした』と出るようにした方がいいと書いてあった。
そこでこの時間に、何とかその処理をプログラムに加えようとしたのだが、なんだか集中できなかったので、夜やることにした。
 授業が終わった後、就職主任の先生に、明日行く予定の会社の地図を印刷してもらってから、少しだけ話し込んで、久しぶりに幕の内弁当を買って帰ってきた。

 その後、友達と2時間ぐらい音声チャットをやってから、Proxomitronのコンテンツを更新していると、掲示板に出てきているお姉さんから電話がかかってきて
「なんだか勝手にMLのアシスタントにされちゃった」
とか言っていた。俺もそのMLにはいたのだが、どうもあそこは管理人がしっかりしていなくて困る。
その代わりなんだか一人出しゃばっている人がいて、管理人がやるべき仕事もその人が勝手にやっていたりするので困ることが多いのである。
 今日の電話で、何度かそのMLに戻ってきてくれと言われたのだが、あそこの管理体制に問題を感じるので戻るわけにはいかないんだよなぁ。



2002年10月18日(金)
プレゼンテーションとボーリング大会

 今日は内定をいただいている会社のオリエンテーションとボーリング大会の日だ。
幸いにも午前中は授業がなかったので、8時頃に起き出して、出発まで時間があったので、この日記のデザインを変更していた。
昨日もこの日記のスクリプトを弄くっていたのだが、今日もさらに改良である。
 使わせて頂いているくせに文句を言って申し訳ないのだが、このスクリプト、ちょっと中途半端な感じがする。たとえば、カタカナを検索窓に入力して検索すると、一致しているくせに対象記事を表示しないと言うバグがある。
それから、「日記ログを見る」ボタンを押すと、CGIが起動してログページを生成している。
せっかくHTMLタイプの日記なんだから、ここもHTMLファイルにあらかじめページを出力しておいて、それを表示させる設計にしてしまえばいいのにと、前々から感じていた。
それから、これは致命的なのだが、タイトル表示が過去ログの部分でもその日記のタイトルを表示してしまっている。
たとえば、この日記では、過去ログのファイルのタイトルは「TomG君の日記」となっている。これでは検索エンジンから訪れた人はなんだか分からない。
「TomG君の日記(2002年10月中旬)」のように表示したかった。
 そこで、とりあえず、1度にこれらを改良するのは難しかったので、今日はログページをすべてHTMLで出力しておいて、それを表示するように作り直してみた。
実はこうすることで、もう一つ意外な効果がある。
それは、過去ログが検索エンジンに拾われるようになることだ。
検索エンジンはリンクをたどってページを収集するので、今までのようにCGIにデータを渡して実行する「送信ボタンタイプ」のものは、検索エンジンがリンクだと認識しないため、日記ページの場合には、トップのものだけを収集していくことになるのである。
 さんざん悪口を書いてしまったが、このスクリプト、もちろん俺はかなりお気に入りである。特にこのスクリプトの「CGIは極力起動せず、サーバーに負担をかけない」という精神も気に入っているし、何よりもプログラムの書き方が大好きである。特にできるだけ同じ事を繰り返し書かなくて済むように、何度も行う作業などはサブルーチンとして、プログラムの下の方にまとめられているので、改良するにしても、書き換える箇所が少なくて大助かりだ。
それに、機能を追加したいときは、サブルーチンが集まっているところに、追加したい機能のサブルーチンを自分で書き加えればできるので、これも気に入っている部分の一つである。
しかし、こんな風にかなり効率よく部品化されているプログラムは、上から下まですべてを読んでやらないと、何処で何をしているのか分からないので、嫌いな人もいるだろう。

 それから、いよいよいつものように、タクシーでセンターまで行って、そこからバスで東京まで出てから、電車を乗り継いで目的の会社まで行った。
今回はちょっと道が混んでいたので、バスが遅れてしまって冷や冷やしたが、案外ちょうどいい時間に到着することができた。
 そしていよいよ会議室に入り、会社の方の挨拶があった後、自己紹介の時間になった。
実は俺ともう一人の人以外は、すでに5月に一度集まっているらしく、みんなかなり和気藹々としている漢字でものすごく明るい雰囲気だった。
ところがである、自己紹介を聞いて俺はかなり驚かされた。俺以外はみんな4年生大学、しかも有名大学の出身者ばかり。それも法学部とか経済学部とか、外国語大学とか、とても俺には入学できそうもないすごいところの人たちばかりだった。
ちなみに俺だけがコンピューター部門の採用で、他の人は営業課の人たちばかりだったので、この後営業の研修で、一人一人プレゼンテーションをやっていた。それを聞いて、俺はそれぞれの着眼点のすごさに感動したと同時に、正直かなり不安になった、
「俺はこんな頭のいい人達ばかりの中に入り込んでしまって、本当にやっていけるのだろうか?」と

 ちなみにこのプレゼンテーションは、最近の某新聞社の記事を読んで、その中で自分が一番関心を持ったものについて、レポートにまとめたものを発表する形で行われた。医療に関する専門的なことを発表する人や、今の年金制度に関する事を発表する人、廃棄物の不法登記問題について発表する人など、様々な話題が飛び交っていた。
 俺はコンピューター関連での採用と言うことで、プレゼンテーションはしなかったが、
ぼうっと聞いているのではつまらないので、何か疑問に思ったことや、その人の発表に関して意見があるときは、積極的に質問したり発言するように心がけた。

 それが終わると今度は、いよいよ近くのボーリング場に出かけた。
今回は年に1度の会社のボーリング大会らしく、本社の社員のほとんどの人が参加しているとのことだった。
俺たち内定者は、みんなバラバラに社員の方の中に入ってプレーした。
俺のチームには、人事の方と来年からお世話になるコンピューター部門の方、そして営業のお姉さんがいた。
 俺はボーリングをするのが今回初めてだったので、みんなの足を引っ張ってしまうだろうと半ばしょんぼりしていたが、そんな心配は無用だった。
俺のチームの方々は、みんな本当に真剣に初めての俺に対して、手を取りながらボールの持ち方から投げ方、そしてボーリングのルールまで、丁寧に説明してくださり、俺がピンを倒すと、一緒になって喜んでくださった。
特に隣のお姉さんは、自分のことのように一生懸命教えてくださった。
そのおかげで、ボーリングが終わるころには、不安な気持ちはほとんど無くなっていた。

 この後言った飲み会では、かなり盛り上がって、時間がたつのをすっかり忘れて楽しむことができた。
俺が誰と話していいか分からずにぼうっとしていると、代わる代わる隣に人が来てくれて、話しかけてくれたり、さりげなく料理を取るのを手伝ってくれたので、本当に嬉しかった。
 実は、今まで俺は、晴眼者の人と飲み会に行っても、自分で好きなものもとれなかったし、とってもらうのにも気を遣ったりして、自分が荷物になっているような劣等感を感じたが、今回はそれを感じることはなかった。むしろ、来年から同じ職場で働く仲間として、自然にとけ込んでいくことができたように感じた。

 飲み会が終わってホテルに着いてから、一緒に止まっていた関西の女の子二人と、部屋でゆっくりとお茶を飲んでいると、又飲みに行くから一緒に来ないかと誘われたりしたのだが、さすがに3人とも疲れてしまったので、今夜はとりあえず寝ることにした。



2002年10月19日(土)
身体障害者手帳騒動

 今日は9時半に朝食の予定になっていたので、ゆっくり寝ていようと思ったが、なんだか8時頃に目が覚めてしまったので、テレビを見ながらしばらくぼうっとしていた。
それから、9時半になって、昨日の女の子が迎えに来てくれたので、飯を食いに下に降りていくと、みんなもうすでに来ていた。
 しかしこのホテルの飯は、かなり豪華だった。
そんなわけで朝からかなり食ってしまった。
ちなみにバイキングだったので、人事の方が一緒にとるのを手伝ってくれた。
 もちろん、飯の間も話は尽きなくて、いきなり方言の話から発展して、地方独特の遊びの話まで、なんだか朝からひたすら俺のテーブルはにぎやかだった。
飯の後は、人事の方に東京駅まで送って頂いたのだが、なんだかいきなり後ろから、昨日飲み会で隣の席だったかなりでかい同期の男が追いかけてきて、一緒に送りに来てくれた。
 それにしても本当に、この会社の人たちは優しい人ばかりで感激してしまう。
優しいだけではなく、俺が困っているとすぐに気がついてくれるし、話しかけるときにも「○○です」と、名前を言ってから話しかけてくれたりするので、本当に助かる。
それに何よりも、同期の人たちや所属部署の人たちが、すんなりと一緒に仕事をしていく仲間として受け入れてくれたことがとても嬉しかった。

 さて、筑波について地元のバス停で降りてしばらく歩いていると、内の大学が今日入試をやっている性で、スーツを着てこの辺をうろうろしていたからだろうか?なんだか2回も受験生と間違えられてしまった。
 それから部屋に帰って、また日記の改良を始めた。
今回は昨日問題にしていた、過去ログのタイトル部分を改良して、「TomG君の日記(2002年10月中旬)」でるようにした。
これはすんなりできたのだが、次にデザインの設定を変えたときなどに、過去の日記も一斉に更新できるように、「日記データの再構築」というボタンを管理画面に追加しようとしたのだが、どうやってもうまくいかなくて、3時間ぐらい格闘したが、ついにやめてしまった。
 それからコンビニで弁当を買ってきて、部屋に戻ってとんでもないことに気がついた。
なんと、身体障害者手帳と学生証が、何処を探しても見あたらないのである。
そこで昨日止まったホテルとか、今日の昼間に乗ったバスの会社なんかに電話を入れてみたが、ひたすら「そういったものは今のところございませんね」と言われてしまうばかり。
これにはほとほと困り果ててしまった。
 実際のところ、日常生活上これらを持っていなくても困ることは少ないのであるが、拾った人が悪い人で、この身分証明書を使って、借金でもされようものならたまったものではない。
そんなわけでかなり焦ったが、よく探してみると、机の引き出しの中の、鉛筆やボールペンなんかを乗せておくところに、すっぽりとはまっているのを発見した。
ああ、これはさすがにびっくりした。
灯台もと暗しとはこのことだろう。それにしてもかなりお騒がせしてしまったので、「もし見つかったら連絡してください」とお願いしていたところには、お詫びの電話を入れておいた。
全くどじな話である。
 さて、今日の日記を書いて寝ようとしたそのときである。
俺に悪夢が襲いかかった。
なんと、何が起きたか知らないが、日記のプログラムが一昔前のものに逆戻りしてしまっていた。
なんだか今日の昼間、ちょっとトラブルが起きて、バックアップを戻したときに、日記のプログラムまですっかり元に戻ってしまっていたとは気がつかず、ちょっと気に入らなかったところを修正してアップロードしてから日記を書いたのがやばかった。
もしバックアップを戻していることに気がついていれば、FTPでサーバーにある最新のプログラムを持ってきてからちょっとした修正をしたのだが、全く忘れていたので、こんな事になってしまった。
 でも、いくら騒いでいても無くなってしまった日記プログラムは帰ってこないので、しょうがなくまた、この前と同じ修正作業をやって、3時間近くかかって、やっと何とかできたのである。
ああ、バックアップをHDDに戻したら、絶対にサーバーからミラーリングダウンロードでローカルのディレクトリ更新しないとやばいです。



2002年10月20日(日)
いろいろなことのあった日曜日

 今日は、視覚障害関連機器を扱う某会社の主催するイベントがあったので、昨日に引き続き東京に行った。
朝8時10分のバスに乗って行く予定だったが、なんだかいきなり席が満員になっていたので、仕方なく次のバスで行った。東京駅への集合時間が9時半だったので、このまま行くと大幅に遅れる可能性もあった。
しかし、今日は不思議なことに、10分も早く着いてしまった。つまり、筑波から東京まで1時間ぴったりで着いてしまったことになる。
 それから迎えに来てくれていたガイドの方と、新宿の中野サンプラザに向かった。電車の中で話を聞いて分かったのだが、この人どうやら東大生らしい。あったときからどうも年の割にはしっかりした話し方をすると思ったら、やっぱりすごい人だった。
 会場に着くと、まだほかのメンバーは来ていなかったので、とりあえず各種イベントの行われている部屋に行って、今日の出展企業の説明を聞いた後、隣の部屋の機器展示会場に行って、視覚障害者用のPDAを見せてもらった。
これは実は去年のこのイベントで初めてさわったもののバージョンアップしたものだった。
去年はPDAの下の方に、変なキーパッドが着いていたのに、今年はそれが無くなっていたのでちょっと驚いた。
しかも、今まで俺たちには使えないと思っていたタッチパネルを、特殊な点字シートを張ることで、完璧に使えるようにデザインしてあるのには感心してしまった。
たとえば、普通タッチパネルというのは本当に軽くふれただけでも反応するが、この特殊加工のものは、パネル上にちょっと飛び出た無数の点が配列されていて、それをかなり強めにさわらないと反応しない。だから間違って変なところを押してしまうことはほとんど無かった。
そして、このPDAの音声化ソフトは、タッチパネルに1回タッチするとその機能を音声で知らせてくる、もし決定したければ、そのキーを押し続けると確定されるという漢字である。
だから、キーの位置を忘れてしまっても、適当にいろんなところを押しまくっていれば、何とか思い出すことができるというわけである。
 そんなことをしていると、俺たちの発表する「パソコンボランティア活動紹介」の時間になったので、会場に入って前の席で待機しながら他の人の発表を聞いていた。すると、俺たちの前に発表したほかの団体は、ちゃんと現行や図などを用意して、ビデオプロジェクターまで使ってしっかりとそれこそ「プレゼンテーション」をやっていた。
俺はもちろん、行き当たりばったりの性格なので、現行なんて全く用意していなかった。そんなわけで前に出ていざ話そうとすると、何をしゃべっていいかよく分からない漢字になったが、それでも何とかぴったり持ち時間の10分を使い切ることができた。
 その後、このイベントを主催している会社の人が、お昼をごちそうしてくれるというので、ありがたくいただいてから、午後もちょっとだけ、機器展示会場を見学して、1時反語路に秋葉原に向かった。
 今日の主目的は、パソコン市場(主に価格)調査と、パソコンが壊れてしまった人がいたので、その人は自分の新しいパソコンを買うことだった。
 中野の駅から中央線に乗ろうとしたとき、なんだかいきなり新井君がほかの集団について行ってしまった。これには訳があって、そのついて行ってしまったほかの集団も、同じ全盲の人たちだったので、彼が電車に乗るところまで案内していると、降りる前にドアが閉まってしまったというわけである。
でも、何とか次の電車で彼はやってきたので、早速二手に分かれて活動を開始した。
 俺は今日は、ワイヤレスキーボードが欲しかったので、とりあえずソフマップに行って見てきたのだが、どうも気に入ったものがなかったので、ラオックスのパソコン館まで行ってみると、ここにはキーボードだけで一つ店が出せるのではないかと思うほど、いろいろな種類のキーボードが並んでいた。
最初は三和サプライの4800円のキーボードにしようと思ったのだが、なんだかどうもタッチが気に入らない上に、展示品の電池のふたをはずしてみると、今まで見たこともないような勢いで電池が液漏れを起こしていた。
こんな漢字だから、三和サプライのものが一番安かったのだが、俺は、ロジテックのワイヤレスキーボードを、6800円で買ってきた。
それから、どうも最近ラックの上が狭くなってきたので、ラックの支柱に取り付けるカップフォルダーとマウステーブルを買ってきた。
 その後はひたすらいろいろな店を回り歩いて、今どんなパソコンや周辺機器が、大体いくらぐらいの値段で売られているのかを調べていた。
 4時頃になって、Melodyさんと合流して、久しぶりに向かしよく言っていたマイク屋さんに行ってみると、店の人は俺のことを忘れていなかった。
それから、Melodyさんがパソコン用の感度切り替えスイッチの着いたコンデンサーマイクが欲しいというので、いろいろと見せてもらうと、気に入ったものが見つかった。
それは、かなり高級なビクターのマイクだったので、ちょっとこれでは値段的に無理かと思ったのだが、ちょっと交渉してみると、思ったよりもかなり安い値段に負けてくれた。
 それからほかのメンバーが、みんなで近くのファミレスにたむろっているというので、そこまで言って、コーヒーとケーキを食べて一休みしていると、俺よりも先に来ていた人たちが、そろそろ帰ると言い出したので、とりあえず
「また11月のイベントでよろしく」
といって分かれたのだが、いきなり副会長のピヨマルが戻ってきて、ボランティア主任のQ2が、さっき突然頭痛と吐き気におそわれて、今救急車を呼んだという話だった。
そこでとりあえず外に出てみると、ちょうど救急車は、彼と一人のボランティアさん、そして内のメンバーの女の子を乗せて発射するところだった。
 そんなわけで、あまりの慌ただしさに、何処の病院に運ばれたのかも分からなかったので、その場で待機して、一緒に乗っていったメンバーからの連絡を待つことにした。
それから20分ぐらいたって、連絡を受けたらすぐに出かけられるようにということで、駅の近くの公園に場所を移して待っていた。
ところが、しばらくしても連絡は入らなかった。しかもこんな時に限って、異様に寒くなってきたので、このまま行くと俺たちメンバーまで風邪を引いてしまうと思った。
そこで、俺が代表で、彼が運ばれた可能性が最も高い地元の大学病院に行くことにした。
 病院について受付で聞いてみると、どうやら予想は的中し、この病院に彼が搬送されたことが分かったので、先発部隊とあって話を聞いてみると、たいしたことは無く、しばらくすれば直るだろうという事だったので、ほかのメンバーにすぐに連絡してから、病室まで行ってちょっと顔を見てから帰ってきた。

 ところで、今日はこんな事があってちょっと帰りが遅くなってしまったので、センターからここまでタクシーを使わないといけないかと思っていたのだが、最終バスに間に合うことができた。
ちなみに自分の目も代わりにかいておくと、俺の乗るバスのセンター初最終便は、22時15分だったりする。

 帰りにコンビニに寄ってきたのだが、なんだか恐ろしいことに、俺の前を歩いていた人が、道ばたに置いてある何かを殴って思いっきり八つ当たりしていたので、俺の方に来るのではないかとおもってかなり恐ろしかった。
 それから家に帰ってきて、今日のことでちょっといろいろなところと連絡を取っていると、本人から電話がかかってきて、家に戻ってきたというので安心した。
その後、買ってきたカップフォルダーとマウステーブルを取り付けてみた。
やっぱりこれは便利だ。これからはカップをしっかりと固定できるようになったので、パソコンをやりながら安心してコーヒーを飲める。
 ワイヤレスキーボードの方は、今つなげてみて使い出したばかりなのでよく分からないが、とりあえずタッチはそこそこ軽くていいと思う。ただ、ちょっと到達距離が短いのが気になったりする。
 ああ、今日はいろいろなことのあった1日だったなぁ・・・。



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